わからずやを云う。こう云う病気は初期が大切だよ。時期を失《しっ》すると取り返しがつかないぜ」
「もう、とうに取り返しがつかないんだ」と山の上から飛び下りたような事を云う。
「それが病気だよ。病気のせいでそう悲観するんだ」
「悲観するって希望のないものは悲観するのは当り前だ。君は必要がないから悲観しないのだ」
「困った男だなあ」としばらく匙《さじ》を投げて、すいと起《た》って障子をあける。例の梧桐《ごとう》が坊主《ぼうず》の枝を真直《まっすぐ》に空に向って曝《さら》している。
「淋《さび》しい庭だなあ。桐《きり》が裸で立っている」
「この間まで葉が着いてたんだが、早いものだ。裸の桐に月がさすのを見た事があるかい。凄《すご》い景色《けしき》だ」
「そうだろう。――しかし寒いのに夜る起きるのはよくないぜ。僕は冬の月は嫌《きらい》だ。月は夏がいい。夏のいい月夜に屋根舟に乗って、隅田川から綾瀬《あやせ》の方へ漕《こ》がして行って銀扇《ぎんせん》を水に流して遊んだら面白いだろう」
「気楽云ってらあ。銀扇を流すたどうするんだい」
「銀泥《ぎんでい》を置いた扇を何本も舟へ乗せて、月に向って投げるのさ。
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