想を有せざる人の自由は堕落であります」
言い切った道也先生は、両手を机の上に置いて満場を見廻した。雷《らい》が落ちたような気合《けあい》である。
「個人について論じてもわかる。過去を顧《かえり》みる人は半白《はんぱく》の老人である。少壮の人に顧みるべき過去はないはずである。前途に大《だい》なる希望を抱くものは過去を顧みて恋々《れんれん》たる必要がないのである。――吾人《ごじん》が今日生きている時代は少壮の時代である。過去を顧みるほどに老い込んだ時代ではない。政治に伊藤侯や山県侯を顧みる時代ではない。実業に渋沢|男《だん》や岩崎男を顧みる時代ではない。……」
「大気※[#「(諂−言)+炎」、第3水準1−87−64]《だいきえん》」と評したのは高柳君の隣りにいた薩摩絣《さつまがすり》である。高柳君はむっとした。
「文学に紅葉氏一葉氏を顧みる時代ではない。これらの人々は諸君の先例になるがために生きたのではない。諸君を生むために生きたのである。最前《さいぜん》の言葉を用いればこれらの人々は未来のために生きたのである。子のために存在したのである。しかして諸君は自己のために存在するのである。――
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