。
「どこへ行ったんだい」と青年が聞く。
「今ぐるぐる巡《まわ》って、休もうと思ったが、どこも空《あ》いていない。駄目《だめ》だ、ただで掛けられる所はみんな人が先へかけている。なかなか抜目《ぬけめ》はないもんだな」
「天気がいいせいだよ。なるほど随分人が出ているね。――おい、あの孟宗藪《もうそうやぶ》を回って噴水の方へ行く人を見たまえ」
「どれ。あの女か。君の知ってる人かね」
「知るものか」
「それじゃ何で見る必要があるのだい」
「あの着物の色さ」
「何だか立派なものを着ているじゃないか」
「あの色を竹藪の傍へ持って行くと非常にあざやかに見える。あれは、こう云う透明な秋の日に照らして見ないと引き立たないんだ」
「そうかな」
「そうかなって、君そう感じないか」
「別に感じない。しかし奇麗《きれい》は奇麗だ」
「ただ奇麗だけじゃ可哀想《かわいそう》だ。君はこれから作家になるんだろう」
「そうさ」
「それじゃもう少し感じが鋭敏でなくっちゃ駄目だぜ」
「なに、あんな方は鈍くってもいいんだ。ほかに鋭敏なところが沢山あるんだから」
「ハハハハそう自信があれば結構だ。時に君せっかく逢《あ》ったものだ
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