くさすると必ずこの梧桐を見る。手紙を書いてさえ行き詰まるときっとこの梧桐を見る。見るはずである。三坪ほどの荒庭《あれにわ》に見るべきものは一本の梧桐を除いてはほかに何にもない。
ことにこの間から、気分がわるくて、仕事をする元気がないので、あやしげな机に頬杖《ほおづえ》を突いては朝な夕なに梧桐《ごとう》を眺《なが》めくらして、うつらうつらとしていた。
一葉《いちよう》落ちてと云う句は古い。悲しき秋は必ず梧桐から手を下《くだ》す。ばっさりと垣にかかる袷《あわせ》の頃は、さまでに心を動かす縁《よすが》ともならぬと油断する翌朝《よくあさ》またばさりと落ちる。うそ寒いからと早く繰る雨戸の外にまたばさりと音がする。葉はようやく黄ばんで来る。
青いものがしだいに衰える裏から、浮き上がるのは薄く流した脂《やに》の色である。脂は夜ごとを寒く明けて、濃く変って行く。婆娑たる命は旦夕《たんせき》に逼《せま》る。
風が吹く。どこから来るか知らぬ風がすうと吹く。黄ばんだ梢《こずえ》は動《ゆる》ぐとも見えぬ先に一葉二葉《ひとはふたは》がはらはら落ちる。あとはようやく助かる。
脂は夜ごとの秋の霜《しも》にだんだん濃《こ》くなる。脂のなかに黒い筋が立つ。箒《ほうき》で敲《たた》けば煎餅《せんべい》を折るような音がする。黒い筋は左右へ焼けひろがる。もう危うい。
風がくる。垣の隙《すき》から、椽《えん》の下から吹いてくる。危ういものは落ちる。しきりに落ちる。危ういと思う心さえなくなるほど梢《こずえ》を離れる。明らさまなる月がさすと枝の数が読まれるくらいあらわに骨が出る。
わずかに残る葉を虫が食う。渋色《しぶいろ》の濃いなかにぽつりと穴があく。隣りにもあく、その隣りにもぽつりぽつりとあく。一面が穴だらけになる。心細いと枯れた葉が云う。心細かろうと見ている人が云う。ところへ風が吹いて来る。葉はみんな飛んでしまう。
高柳君がふと眼を挙げた時、梧桐はすべてこれらの径路《けいろ》を通り越して、から坊主《ぼうず》になっていた。窓に近く斜《なな》めに張った枝の先にただ一枚の虫食葉《むしくいば》がかぶりついている。
「一人坊《ひとりぼ》っちだ」と高柳君は口のなかで云った。
高柳君は先月あたりから、妙な咳《せき》をする。始めは気にもしなかった。だんだん腹に答えのない咳が出る。咳だけではない。熱も出る
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