たと云って、時候の挨拶《あいさつ》を取り換わしていた。若い方が、今朝始めて鶯《うぐいす》の鳴声を聞いたと話すと、坊さんの方が、私《わたし》は二三日前にも一度聞いた事があると答えていた。
「まだ鳴きはじめだから下手だね」
「ええ、まだ充分に舌《した》が回りません」
 宗助は家《うち》へ帰って御米にこの鶯の問答を繰り返して聞かせた。御米は障子《しょうじ》の硝子《ガラス》に映る麗《うらら》かな日影をすかして見て、
「本当にありがたいわね。ようやくの事春になって」と云って、晴れ晴れしい眉《まゆ》を張った。宗助は縁に出て長く延びた爪を剪《き》りながら、
「うん、しかしまたじき冬になるよ」と答えて、下を向いたまま鋏《はさみ》を動かしていた。



底本:「夏目漱石全集6」ちくま文庫、筑摩書房
   1988(昭和63)年3月29日第1刷発行
底本の親本:「筑摩全集類聚版夏目漱石全集」筑摩書房
   1971(昭和46)年4月〜1972(昭和47)年1月
入力:柴田卓治
校正:高橋知仁
1999年4月22日公開
2007年3月8日修正
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