た》てて、洋灯《ランプ》を点《つ》けてちょうだい。今|私《わたし》も清《きよ》も手が放せないところだから」と依頼《たの》んだ。小六は簡単に、
「はあ」と云って立ち上がった。
 勝手では清が物を刻む音がする。湯か水をざあと流しへ空《あ》ける音がする。「奥様これはどちらへ移します」と云う声がする。「姉さん、ランプの心《しん》を剪《き》る鋏《はさみ》はどこにあるんですか」と云う小六の声がする。しゅうと湯が沸《たぎ》って七輪《しちりん》の火へかかった様子である。
 宗助は暗い座敷の中で黙然《もくねん》と手焙《てあぶり》へ手を翳《かざ》していた。灰の上に出た火の塊《かた》まりだけが色づいて赤く見えた。その時裏の崖《がけ》の上の家主《やぬし》の家の御嬢さんがピヤノを鳴らし出した。宗助は思い出したように立ち上がって、座敷の雨戸を引きに縁側《えんがわ》へ出た。孟宗竹《もうそうちく》が薄黒く空の色を乱す上に、一つ二つの星が燦《きら》めいた。ピヤノの音《ね》は孟宗竹の後《うしろ》から響いた。

        三

 宗助《そうすけ》と小六《ころく》が手拭《てぬぐい》を下げて、風呂《ふろ》から帰って来た時
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