いう考になった。叔母の内幕話と云ったのはそこである。
「でね、少しあった株をみんなその方へ廻す事にしたもんだから、今じゃ本当に一文《いちもん》なし同然な仕儀《しぎ》でいるんですよ。それは世間から見ると、人数は少なし、家邸《いえやしき》は持っているし、楽に見えるのも無理のないところでしょうさ。この間も原の御母《おっか》さんが来て、まああなたほど気楽な方はない、いつ来て見ても万年青《おもと》の葉ばかり丹念に洗っているってね。真逆《まさか》そうでも無いんですけれども」と叔母が云った。
 宗助が叔母の説明を聞いた時は、ぼんやりしてとかくの返事が容易に出なかった。心のなかで、これは神経衰弱の結果、昔のように機敏で明快な判断を、すぐ作り上げる頭が失《な》くなった証拠《しょうこ》だろうと自覚した。叔母は自分の云う通りが、宗助に本当と受けられないのを気にするように、安之助から持ち出した資本の高まで話した。それは五千円ほどであった。安之助は当分の間、わずかな月給と、この五千円に対する利益配当とで暮らさなければならないのだそうである。
「その配当だって、まだどうなるか分りゃしないんでさあね。旨《うま》く行ったところで、一割か一割五分ぐらいなものでしょうし、また一つ間違えばまるで煙《けむ》にならないとも限らないんですから」と叔母がつけ加えた。
 宗助は叔母の仕打に、これと云う目立った阿漕《あこぎ》なところも見えないので、心の中《うち》では少なからず困ったが、小六の将来について一口の掛合《かけあい》もせずに帰るのはいかにも馬鹿馬鹿しい気がした。そこで今までの問題はそこに据《す》えっきりにして置いて、自分が当時小六の学資として叔父に預けて行った千円の所置を聞き糺《ただ》して見ると、叔母は、
「宗さん、あれこそ本当に小六が使っちまったんですよ。小六が高等学校へ這入《はい》ってからでも、もうかれこれ七百円は掛かっているんですもの」と答えた。
 宗助はついでだから、それと同時に、叔父に保管を頼んだ書画や骨董品《こっとうひん》の成行《なりゆき》を確かめて見た。すると、叔母は、
「ありあとんだ馬鹿な目に逢って」と云いかけたが、宗助の様子を見て、
「宗さん、何ですか、あの事はまだ御話をしなかったんでしたかね」と聞いた。宗助がいいえと答えると、
「おやおや、それじゃ叔父さんが忘れちまったんですよ」と云いな
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