弟《いとこ》」などになると、其上に又親父さんの青年に対する反抗的な感情が一篇の主意もしくは哲理として後の方に出ています。
次にあなたの理解力に就いて一言其特色を述べたいと思います。あなたの頭の働らきは全く科学的でありながら、其|濃《こま》やかな点が、あなたの情緒の描写によく調和して、綿密によく行き渡っています。そうして不思議にもそれが普通のありふれた作物のように、くだくだしくならないのです。いくら微細な心的現象の解剖でも、又は外観からくる人間の精密な描写でも、決して干乾《ひから》びていません。必ず委曲要領をつくすのみならず、其所《そこ》にあなたの独得の一種の趣《おもむき》が漂《ただよ》っているのです。私の見る所によると其趣はあなたの観察が突飛に走らない程度で、場合々々に適当な新らしい刺戟《しげき》を読者に与え得るからだろうと思います。「霊岸島の自殺」や「船室」の前半の如きは、その方面のいい作例と見て差支《さしつかえ》ないでしょう。ことに前者に於て、ある男とある女の性的関係の階級等差が、あれ程細かく書いてありながら、些《ちっ》とも卑猥《ひわい》な心持を起させずに、ただ精緻《せいち》な観察其物として、他をぐいぐい引き付けて行く処などは、何《ど》うしても旨《うま》いと云わなければなりません。此小説は主人公が東京へ出てからの心の変化に、前半程|緻密《ちみつ》な且《か》つ穏当な、芸術的描写が欠けているため、多少のむらがあると思いますが、世間でいう小説の意味から批判すると、或は圧巻の作かも知れません。
要するに貴方の書き方は絹漉《きぬご》し豆腐のように、又婦人の餅肌《もちはだ》のように柔らかなのです、上部ばかり手触りが好いのかと思うと、中味迄ふくふくしているのです。線でいうと、外《ほか》の人の文章が直線で出来ているのに反して、あなたのは何処《どこ》も婉曲《えんきょく》な曲線の配合で成り立っているような気がします。しかも其曲線のカーヴが非常に細かいのです。外の人が一尺で継《つ》ぎ易《か》える所を、あなたは僅《わず》か一寸か二寸の長さで細かに調子よく継ぎ足しては前へ進んで行くとしか形容出来ません。其所《そこ》にあなたの作物には、他に発見する事の出来ないデリケートな美くしさが伏在しているのでしょう。もう一つ比喩を改めて云えば、あなたの文章は楷書《かいしょ》でなくって悉《ことごと》
前へ
次へ
全5ページ中4ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
夏目 漱石 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング