に読者の過去を蕩揺《とうよう》する、草双紙とか、薄暗い倉とか、古臭《ふるくさ》い行灯《あんどん》とか、または旧幕時代から連綿とつづいている旧家とか、温泉場とかを第一に挙《あ》げたいと思います。過去はぼんやりしたものです。そうして何処《どこ》かに懐《なつ》かしい匂いを持っています。あなたはそれを巧《たくみ》に使いこなして居るのでしょう。
単に歴史上の過去ばかりではありません、あなたは自分の幼時の追憶を、今から回顧して忘れられない美くしい夢のように叙述しています。私は一、二、三、四、と段々読んで行くうちに此種の情調が、私の周囲を蜘蛛《くも》の糸の如く取り巻いて、散文的な私を、何時《いつ》の間にか夢幻の世界に連れ込んで行ったのをよく記憶しています。私の心は次第々々に其中に引き込まれて、遂に「珊瑚樹《さんごじゅ》の根付《ねつけ》」迄行って全くあなたの為に擒《とりこ》にされて仕舞ったのです。だから幼時の記憶として其儘《そのまま》を叙述していない「夷講《えびすこう》の夜の事であった」に至って却《かえ》って失望しようとしたのです。
私は此種の筆致《ひっち》を解剖して第二番目に遠くに聞こえる物売の声だの、ハーモニカの節だの、按摩《あんま》の笛《ふえ》の音だのを挙げたいと思います。凡《すべ》て声は聴いているうちにすぐ消えるのが常です。だから其所《そこ》には現在がすぐ過去に変化する無常の観念が潜《ひそ》んでいます。そうして其過去が過去となりつつも、猶《なお》意識の端に幽霊のような朧気《おぼろげ》な姿となって佇立《たたず》んでいて、現在と結び付いているのです。声が一種切り捨てられない夢幻的な情調を構成するのは是が為ではないでしょうか。新内《しんない》とか端唄《はうた》とか歌沢《うたざわ》とか浄瑠璃《じょうるり》とか、凡《すべ》てあなたのよく道具に使われる音楽が、其上に専門的な趣をもって、読者の心を軽く且《か》つ哀れに動かすのは勿論《もちろん》の事ですから申し上げる必要もないでしょう。然《しか》しあまり自分の好尚に溺《おぼ》れて遣《や》り過ぎた痕迹《こんせき》を残したのもないとは云われません。第一編の「硝子《ガラス》問屋」の中にはその筆があまり濃く出過ぎてはいますまいか。
叙景に於てもあなたは矢張り同じ筆法で読者の眼を朦朧《もうろう》と惹《ひ》き付《つ》ける事が好《すき》であるように
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