のある界隈《かいわい》一面がこの学校兼大学であった。明治十七年、貴方がたがまだ生れない先、私は其所《そこ》へ這入ったのです。それから――実は落第しております。落第して愚図愚図《ぐずぐず》している内にこの学校が出来た。この学校が出来て最も新らしい所へいの一番に乗り込んだ者は私――だけではないが、その一人は確かに私である。われわれの教室は本館の一番北の外《はず》れの、今食堂になっている、あそこにありました。文科の教室で。それが明治二十二年位でした。その時分の事を今の貴方がたに比べると、われわれ時代の書生というものは乱暴で、よほど不良少年という傾き――人によるとむしろ気概《きがい》があった。天下国家を以て任じて威張《いば》っておった。われわれの年配の人は、いつも今の若い者はというような事をいっては、自分たちの若い時が一番偉かったように思っているけれども、私はそうは思わない。今でもそうは思わない。貴方がたの前に立ってこうして御話をするときは、なおそう思わない。貴方がたの方がわれわれ時代の者よりよほど偉い。先刻《さっき》から偉い偉いということを速水君が言われましたが、貴方がたの方が遥《はる》かに
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