た。或時国へ帰って来た。国へ帰っても家がないから宿屋に泊っている。その時ブランデスという人がイブセンが来たから歓迎会を開こうというと、イブセンはそんな歓迎会などは御免蒙ると言っている。しかし折角《せっかく》の催しで人数も十二人だけだからといって、漸《ようや》くイブセンを説《と》き伏せた。面倒を省くためにイブセンの泊っている宿屋で、帝国ホテル見たようなところで開くということになり、それでいよいよ当日になって丁度宜い時刻になったから、ブランデスはイブセンの室に行ってドアーをコツコツと叩いて、衣服の用意は出来たかと外から聞いたら、イブセン曰《いわ》く衣服などは持っておらぬ、自分は決して服装などは改めた事はない。シャツを着ている。シャツといっても露西亜辺《ロシアへん》では家の中ではこんな冬の日には温度が七十度位にしてある。本でも読む時は上衣をとっている。外に出る時はこういうものを着るでしょう。それでシャツを着ているのは宜いが、皆んなは燕尾服《えんびふく》を着て来ているのだからというと、イブセンは自分の行李《こうり》の中には燕尾服などは這入っていない、もし燕尾服を着なければならぬようなら御免蒙る
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