に押し込めたのが今日までの道徳というものであるといっている。それでイブセンの道徳というものは二色《ふたいろ》にしなければならぬのである。男の道徳、女の道徳というようにしなければならぬ。女の方から見ますれば、それが逆にまあならなければならないというのです。その思想、主義から出発して書いたものがイブセンの作の中にある。最も著しい例は、『ノラ』というようなものであります。それがイブセンという人は人間の代表者であると共に彼自身の代表者であるという特殊の点を発揮している。イミテーションではない。今までの道徳はそうだから、たといその道徳は不都合であるとは考えていても、別に仕様《しよう》がないからまあそれに従って置こう、というような余裕のある、そんな自己ではない。もっと特別な猛烈な自己である。それがためイブセンは大変迫害を受けたという訳であります。無論事実|不遇《ふぐう》な人でありました。それのみならずあの人は特殊な人で、人間全体を代表しているというより彼自身を代表している方がよほど多い。そこで国を出て諸方を流浪して、偶《たま》に国へ帰っても評判が宜《よ》くないから、国へは滅多《めった》に帰らなかっ
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