の紐《ひも》の毛糸《けいと》か何かの長いのをこう――結んで胸から背負って頸《くび》に掛けておった。あれも一人|遣《や》るとああなるのであります。私たちの若い時は羽織の紋《もん》が一つしきゃないのを着て通人《つうじん》とか何とかいって喜んでいた。それが近頃は五つ紋をつけるようになった。それも大きなのが段々小さくなったようだが、近頃どの位になっているのか。私は羽織の紋が余り大きいから流行に後《おく》れぬように小さくした位それほど流行というものは人を圧迫して来る。圧迫するのじゃないが、流行にこっちから赴《おもむ》くのです。イミテーターとして人の真似をするのが人間の殆ど本能です。人の真似がしたくなるのです。こういう洋服でも二十年前の洋服は余り着られない。この間《あいだ》着ていた人を見たけれども可笑《おか》しいです。あまり見っとも宜《よ》いものではない。殊に女なんぞは、二十年前の女の写真なんぞは非常に可笑しい。本来の意味では可笑しいとは自分で思っていないけれども、熟々《つくづく》見ると、やはり模倣ということに重きを置く結果、どうもその自分と異《ことな》った物、あるいは世間と異ったものは可笑しく見
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