いわけ》がましい事をいうのは甚《はなは》だ卑怯なようでありますけれども、大して面白い事も御話は出来ないと思いますし、また問題があっても、学校の講義見たように秩序の立った御話は出来|兼《か》ねるだろうと思います。安倍君|曰《いわ》く、何を言ったって構いません、喜んで聴いているでしょう。
 それに、私は此校《ここ》で教師をしていたことがあります。その時分の生徒は皆恐らく今|此所《ここ》には一人もいないでしょう、卒業したでしょうけれども、しかし貴方がたはその後裔《こうえい》といいますか、跡続《あとつ》ぎ見たような子分見たような者で、その親分をこの教場で度々|虐《いじ》めていた事などがあるから、その子か孫に当るような人などは何とも思っておらんので、チャンと準備をして出て来るほど旨《うま》く行かなかった。
 私は教師としてこの学校に四年間おりました。のみならずその以前には、貴方がたのように、生徒としてこの学校に――何年間おりましたか知らん――落第したと思っちゃいけません。元々私は此所《ここ》へ這入《はい》って来たのじゃない。この学校が予備門といって丁度一ツ橋|外《そと》にありました。今の高等商業のある界隈《かいわい》一面がこの学校兼大学であった。明治十七年、貴方がたがまだ生れない先、私は其所《そこ》へ這入ったのです。それから――実は落第しております。落第して愚図愚図《ぐずぐず》している内にこの学校が出来た。この学校が出来て最も新らしい所へいの一番に乗り込んだ者は私――だけではないが、その一人は確かに私である。われわれの教室は本館の一番北の外《はず》れの、今食堂になっている、あそこにありました。文科の教室で。それが明治二十二年位でした。その時分の事を今の貴方がたに比べると、われわれ時代の書生というものは乱暴で、よほど不良少年という傾き――人によるとむしろ気概《きがい》があった。天下国家を以て任じて威張《いば》っておった。われわれの年配の人は、いつも今の若い者はというような事をいっては、自分たちの若い時が一番偉かったように思っているけれども、私はそうは思わない。今でもそうは思わない。貴方がたの前に立ってこうして御話をするときは、なおそう思わない。貴方がたの方がわれわれ時代の者よりよほど偉い。先刻《さっき》から偉い偉いということを速水君が言われましたが、貴方がたの方が遥《はる》かに
前へ 次へ
全24ページ中2ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
夏目 漱石 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング