いという事をほかにして、なぜあんな心持になったものだろうかと、ただその原因を考えるだけでも、説明はできなかった。
 それはそれとして、なぜあの時清子の存在を忘れていたのだろうという疑問に推《お》し移ると、津田は我ながら不思議の感に打たれざるを得なかった。
「それほど自分は彼女に対して冷淡なのだろうか」
 彼は無論そうでないと信じていた。彼は食事の時、すでに清子のいる方角を、下女から教えて貰ったくらいであった。
「しかしお前はそれを念頭に置かなかったろう」
 彼は実際廊下をうろうろ歩行《ある》いているうちに、清子をどこかへふり落した。けれども自分のどこを歩いているか知らないものが、他《ひと》がどこにいるか知ろうはずはなかった。
「この見当《けんとう》だと心得てさえいたならば、ああ不意打《ふいうち》を食うんじゃなかったのに」
 こう考えた彼は、もう第一の機会を取り逃したような気がした。彼女が後を向いた様子、電気を消して上《あが》り口《くち》の案内を閉塞《へいそく》した所作《しょさ》、たちまち下女を呼び寄せるために鳴らした電鈴《ベル》の音、これらのものを綜合《そうごう》して考えると、すべてが
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