階級なり、思想なり、職業なり、服装なり、種々な点においてずいぶんな距離があった。勢い津田は彼を遠くに眺めなければならなかった。しかし遠くに眺めれば眺めるほど、強く彼を記憶しなければならなかった。
「小林はああいう人と交際《つきあ》ってるのかな」
こう思った津田は、その時そういう人と交際っていない自分の立場を見廻して、まあ仕合せだと考えた後《あと》なので、新来者に対する彼の態度も自《おの》ずから明白であった。彼は突然|胡散臭《うさんくさ》い人間に挨拶《あいさつ》をされたような顔をした。
上へ反《そ》っ繰り返った細い鍔《つば》の、ぐにゃぐにゃした帽子を脱《と》って手に持ったまま、小林の隣りへ腰をおろした青年の眼には異様の光りがあった。彼は津田に対して現に不安を感じているらしかった。それは一種の反感と、恐怖と、人馴《ひとな》れない野育ちの自尊心とが錯雑《さくざつ》して起す神経的な光りに見えた。津田はますます厭《いや》な気持になった。小林は青年に向って云った。
「おいマントでも取れ」
青年は黙って再び立ち上った。そうして釣鐘のような長い合羽《かっぱ》をすぽりと脱いで、それを椅子《いす》の
前へ
次へ
全746ページ中625ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
夏目 漱石 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング