ね……」
津田は連れて行きたくない心の内を、しだいしだいに外へ押し出されそうになった。もし猜疑《さいぎ》の眸《ひとみ》が一度お延の眼の中に動いたら事はそれぎりであると見てとった彼は、実を云うと、お延と同じ心理状態の支配を受けていた。先刻《さっき》の波瀾から来た影響は彼にもう憑《の》り移っていた。彼は彼でそれを利用するよりほかに仕方がなかった。彼はすぐ「慰撫《いぶ》」の二字を思い出した。「慰撫に限る。女は慰撫さえすればどうにかなる」。彼は今得たばかりのこの新らしい断案を提《ひっ》さげて、お延に向った。
「行ってもいいんだよ。いいどころじゃない、実は行って貰《もら》いたいんだ。第一一人じゃ不自由だからね。世話をして貰うだけでも、その方が都合がいいにきまってるからね」
「ああ嬉《うれ》しい、じゃ行くわ」
「ところがだね。……」
お延は厭《いや》な顔をした。
「ところがどうしたの」
「ところがさ。宅《うち》はどうする気かね」
「宅は時がいるから好いわ」
「好いわって、そんな子供見たいな呑気《のんき》な事を云っちゃ困るよ」
「なぜ。どこが呑気なの。もし時だけで不用心なら誰か頼んで来るわ」
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