た。すでに疑われるだけの弱味をもっている彼は、やり損《そく》なったと思った。
「何にも書いてないから、その理由《わけ》を伺うんです」とお延は云った。
「話して下すってもいいじゃありませんか。せっかく来たんだから」
「お前はそれを聴《き》きに来たのかい」
「ええ」
「わざわざ?」
「ええ」
 お延はどこまで行っても動かなかった。相手の手剛《てごわ》さを悟《さと》った時、津田は偶然好い嘘《うそ》を思いついた。
「実は小林が来たんだ」
 小林の二字はたしかにお延の胸に反響した。しかしそれだけではすまなかった。彼はお延を満足させるために、かえってそこを説明してやらなければならなくなった。

        百四十六

「小林なんかに逢《あ》うのはお前も厭《いや》だろうと思ってね。それで気がついたからわざわざ知らしてやったんだよ」
 こう云ってもお延はまだ得心した様子を見せなかったので、津田はやむをえず慰藉《いしゃ》の言葉を延ばさなければならなかった。
「お前が厭でないにしたところで、おれが厭なんだ、あんな男にお前を合わせるのは。それにあいつがまたお前に聴かせたくないような厭な用事を持ち込んで来
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