外へ出かかった時、彼はまた後《うしろ》から呼びとめられた。
「おい君、お父さんは近頃どうしたね。相変らずお丈夫かね」
ふり返った津田の鼻を葉巻の好い香《におい》が急に冒《おか》した。
「へえ、ありがとう、お蔭《かげ》さまで達者でございます」
「大方詩でも作って遊んでるんだろう。気楽で好いね。昨夕《ゆうべ》も岡本と或所で落ち合って、君のお父さんの噂《うわさ》をしたがね。岡本も羨《うらや》ましがってたよ。あの男も近頃少し閑暇《ひま》になったようなもののやっぱり、君のお父さんのようにゃ行かないからね」
津田は自分の父がけっしてこれらの人から羨《うら》やましがられているとは思わなかった。もし父の境遇に彼らをおいてやろうというものがあったなら、彼らは苦笑して、少なくとももう十年はこのままにしておいてくれと頼むだろうと考えた。それは固《もと》より自分の性格から割り出した津田の観察に過ぎなかった。同時に彼らの性格から割り出した津田の観察でもあった。
「父はもう時勢後《じせいおく》れですから、ああでもして暮らしているよりほかに仕方がございません」
津田はいつの間にかまた室の中に戻って、元通りの位
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