解る方が、どのくらい楽だか知れやしません」
彼が父の機嫌《きげん》を損《そこね》ないような巻紙の上へ、なるべく金を送ってくれそうな文句を、堅苦しい候文で認《したた》め出したのは、それから約十分|後《ご》であった。彼はぎごちない思いをして、ようやくそれを書き上げた後《あと》で、もう一遍読み返した時に、自分の字の拙《まず》い事につくづく愛想《あいそ》を尽かした。文句はとにかく、こんな字ではとうてい成功する資格がないようにも思った。最後に、よし成功しても、こっちで要《い》る期日までに金はとても来ないような気がした。下女にそれを投函《とうかん》させた後《あと》、彼は黙って床の中へ潜《もぐ》り込みながら、腹の中で云った。
「その時はその時の事だ」
十六
翌日の午後津田は呼び付けられて吉川の前に立った。
「昨日《きのう》宅《うち》へ来たってね」
「ええちょっと御留守へ伺って、奥さんに御目にかかって参りました」
「また病気だそうじゃないか」
「ええ少し……」
「困るね。そうよく病気をしちゃ」
「何実はこの前の続きです」
吉川は少し意外そうな顔をして、今まで使っていた食後の小
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