、そこは彼女にもまるで解らなかった。
「いつだって構やしないんでしょう。繰合《くりあわ》せさえつけば」
彼女はさも無雑作《むぞうさ》な口ぶりで津田に好意を表してくれた。
「無論繰合せはつくようにしておいたんですが……」
「じゃ好いじゃありませんか。明日《あした》から休んだって」
「でもちょっと伺った上でないと」
「じゃ帰ったら私からよく話しておきましょう。心配する事も何にもないわ」
細君は快よく引き受けた。あたかも自分が他《ひと》のために働らいてやる用事がまた一つできたのを喜こぶようにも見えた。津田はこの機嫌《きげん》のいい、そして同情のある夫人を自分の前に見るのが嬉《うれ》しかった。自分の態度なり所作《しょさ》なりが原動力になって、相手をそうさせたのだという自覚が彼をなおさら嬉しくした。
彼はある意味において、この細君から子供扱いにされるのを好《す》いていた。それは子供扱いにされるために二人の間に起る一種の親しみを自分が握る事ができたからである。そうしてその親しみをよくよく立ち割って見ると、やはり男女両性の間にしか起り得ない特殊な親しみであった。例えて云うと、或人が茶屋女などに
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