り返した。
「奥さんあなたの知らない事がまだたくさんありますよ」
「あっても宜《よろ》しいじゃございませんか」
「いや、実はあなたの知りたいと思ってる事がまだたくさんあるんですよ」
「あっても構いません」
「じゃ、あなたの知らなければならない事がまだたくさんあるんだと云い直したらどうです。それでも構いませんか」
「ええ、構いません」

        八十五

 小林の顔には皮肉の渦《うず》が漲《みなぎ》った。進んでも退《しりぞ》いてもこっちのものだという勝利の表情がありありと見えた。彼はその瞬間の得意を永久に引き延ばして、いつまでも自分で眺め暮したいような素振《そぶり》さえ示した。
「何という陋劣《ろうれつ》な男だろう」
 お延は腹の中でこう思った。そうしてしばらくの間じっと彼と睨《にら》めっ競《くら》をしていた。すると小林の方からまた口を利《き》き出した。
「奥さん津田君が変った例証として、是非あなたに聴《き》かせなければならない事があるんですが、あんまりおびえていらっしゃるようだから、それは後廻しにして、その反対の方、すなわち津田君がちっとも変らないところを少し御参考までにお話し
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