き当った馬のようにとまると共に、彼の期待も急に門前で喰いとめられなければならなかった。そうしてそれを喰いとめたものがお延であるか、偶然であるかは、今の彼にとってけっして小さな問題でなかった。
彼は手を挙《あ》げて開《あ》かない潜《くぐ》り戸《ど》をとんとんと二つ敲《たた》いた。「ここを開けろ」というよりも「ここをなぜ締《し》めた」といって詰問するような音が、更《ふ》け渡《わた》りつつある往来の暗がりに響いた。すると内側ですぐ「はい」という返事がした。ほとんど反響に等しいくらい早く彼の鼓膜を打ったその声の主《ぬし》は、下女でなくてお延であった。急に静まり返った彼は戸の此方側《こちらがわ》で耳を澄ました。用のある時だけ使う事にしてある玄関先の電灯のスウィッチを捩《ひね》る音が明らかに聞こえた。格子《こうし》がすぐがらりと開いた。入口の開き戸がまだ閉《た》ててない事はたしかであった。
「どなた?」
潜りのすぐ向う側まで来た足音が止《と》まると、お延はまずこう云って誰何《すいか》した。彼はなおの事|急《せ》き込んだ。
「早く開けろ、おれだ」
お延は「あらッ」と叫んだ。
「あなただったの。
前へ
次へ
全746ページ中127ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
夏目 漱石 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング