」
「細君には僕が弁解してやるからいいだろう」
面倒になった津田は、小林をそこへ置き去りにしたまま、さっさと行こうとした。すると彼とすれすれに歩を移して来た小林が、少し改まった口調《くちょう》で追究《ついきゅう》した。
「そんなに厭か、僕といっしょに酒を飲むのは」
実際そんなに厭であった津田は、この言葉を聞くとすぐとまった。そうして自分の傾向とはまるで反対な決断を外部《そと》へ現わした。
「じゃ飲もう」
二人はすぐ明るい硝子戸《ガラスど》を引いて中へ入った。客は彼らのほかに五六人いたぎりであったが、店があまり広くないので、比較的込み合っているように見えた。割合楽に席の取れそうな片隅《かたすみ》を択《えら》んで、差し向いに腰をおろした二人は、通した注文の来る間、多少物珍らしそうな眼を周囲《あたり》へ向けた。
服装から見た彼らの相客中《あいきゃくちゅう》に、社会的地位のありそうなものは一人もなかった。湯帰りと見えて、縞《しま》の半纏《はんてん》の肩へ濡《ぬ》れ手拭《てぬぐい》を掛けたのだの、木綿物《もめんもの》に角帯《かくおび》を締《し》めて、わざとらしく平打《ひらうち》の羽織の紐
前へ
次へ
全746ページ中112ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
夏目 漱石 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング