、書生時代の外套を、そう大事そうにいつまで着ているものかね」
「そうか、それじゃちょうど好い。あれを僕にくれ」
「欲しければやっても好い」
津田はむしろ冷やかに答えた。靴足袋《くつたび》まで新らしくしている男が、他《ひと》の着古した外套を貰いたがるのは少し矛盾であった。少くとも、その人の生活に横《よこた》わる、不規則な物質的の凸凹《たかびく》を証拠《しょうこ》立てていた。しばらくしてから、津田は小林に訊《き》いた。
「なぜその背広《せびろ》といっしょに外套も拵えなかったんだ」
「君と同《おん》なじように僕を考えちゃ困るよ」
「じゃどうしてその背広だの靴だのができたんだ」
「訊き方が少し手酷《てきび》し過ぎるね。なんぼ僕だってまだ泥棒はしないから安心してくれ」
津田はすぐ口を閉じた。
二人は大きな坂の上に出た。広い谷を隔《へだ》てて向《むこう》に見える小高い岡が、怪獣の背のように黒く長く横わっていた。秋の夜の灯火がところどころに点々と少量の暖かみを滴《したた》らした。
「おい、帰りにどこかで一杯やろうじゃないか」
津田は返事をする前に、まず小林の様子を窺《うかが》った。彼らの右手
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