っと首を傾けた。その様子が「御気の毒ですが事実だから仕方がありません。医者は自分の職業に対して虚言《うそ》を吐《つ》く訳に行かないんですから」という意味に受取れた。
津田は無言のまま帯を締《し》め直して、椅子《いす》の背に投げ掛けられた袴《はかま》を取り上げながらまた医者の方を向いた。
「腸まで続いているとすると、癒《なお》りっこないんですか」
「そんな事はありません」
医者は活溌《かっぱつ》にまた無雑作《むぞうさ》に津田の言葉を否定した。併《あわ》せて彼の気分をも否定するごとくに。
「ただ今《いま》までのように穴の掃除ばかりしていては駄目なんです。それじゃいつまで経《た》っても肉の上《あが》りこはないから、今度は治療法を変えて根本的の手術を一思《ひとおも》いにやるよりほかに仕方がありませんね」
「根本的の治療と云うと」
「切開《せっかい》です。切開して穴と腸といっしょにしてしまうんです。すると天然自然《てんねんしぜん》割《さ》かれた面《めん》の両側が癒着《ゆちゃく》して来ますから、まあ本式に癒るようになるんです」
津田は黙って点頭《うなず》いた。彼の傍《そば》には南側の窓下に据
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