畳半へ馳《か》け込んだ彼が、そこから新らしい玩具《おもちゃ》を茶の間へ持ち出した時、小林は行きがかり上、ぴかぴかする空気銃の嘆賞者とならなければすまなかった。叔父も叔母も嬉《うれ》しがっているわが子のために、一言《いちごん》の愛嬌《あいきょう》を義務的に添える必要があった。
「どうも時計を買えの、万年筆を買えのって、貧乏な阿爺《おやじ》を責めて困る。それでも近頃馬だけはどうかこうか諦《あき》らめたようだから、まだ始末が好い」
「馬も存外安いもんですな。北海道へ行きますと、一頭五六円で立派なのが手に入《い》ります」
「見て来たような事を云うな」
空気銃の御蔭《おかげ》で、みんながまた満遍《まんべん》なく口を利《き》くようになった。結婚が再び彼らの話頭に上《のぼ》った。それは途切《とぎ》れた前の続きに相違なかった。けれどもそれを口にする人々は、少しずつ前と異《ちが》った気分によって、彼らの表現を支配されていた。
「こればかりは妙なものでね。全く見ず知らずのものが、いっしょになったところで、きっと不縁《ふえん》になるとも限らないしね、またいくらこの人ならばと思い込んでできた夫婦でも、末始終《すえしじゅう》和合するとは限らないんだから」
叔母の見て来た世の中を正直に纏《まと》めるとこうなるよりほかに仕方なかった。この大きな事実の一隅《いちぐう》にお金さんの結婚を安全におこうとする彼女の態度は、弁護的というよりもむしろ説明的であった。そうしてその説明は津田から見ると最も不完全でまた最も不安全であった。結婚について津田の誠実を疑うような口ぶりを見せた叔母こそ、この点にかけて根本的な真面目《まじめ》さを欠いているとしか彼には思えなかった。
「そりゃ楽な身分の人の云い草ですよ」と叔母は開き直って津田に云った。「やれ交際だの、やれ婚約だのって、そんな贅沢《ぜいたく》な事を、我々|風情《ふぜい》が云ってられますか。貰ってくれ手、来てくれ手があれば、それでありがたいと思わなくっちゃならないくらいのものです」
津田はみんなの手前今のお金さんの場合についてかれこれ云いたくなかった。それをいうほどの深い関係もなくまた興味もない彼は、ただ叔母が自分に対してもつ、不真面目《ふまじめ》という疑念を塗り潰《つぶ》すために、向うの不真面目さを啓発しておかなくてはいけないという心持に制せられるので、
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