彼の耳に入った。
「どうしたんだ」
「誰か入ってるの」
「塞《ふさ》がってるのか。好いじゃないか、こんでさえいなければ」
「でも……」
「じゃ小さい方へ入るさ。小さい方ならみんな空《あ》いてるだろう」
「勝《かつ》さんはいないかしら」
津田はこの二人づれのために早く出てやりたくなった。同時に是非彼の入っている風呂へ入らなければ承知ができないといった調子のどこかに見える婦人の態度が気に喰《く》わなかった。彼はここへ入りたければ御勝手にお入んなさい、御遠慮には及びませんからという度胸を据《す》えて、また浴槽の中へ身体を漬《つ》けた。
彼は背の高い男であった。長い足を楽に延ばして、それを温泉《ゆ》の中で上下《うえした》へ動かしながら、透《す》き徹《とお》るもののうちに、浮いたり沈んだりする肉体の下肢《かし》を得意に眺めた。
時に突然婦人の要する勝さんらしい人の声がし出した。
「今晩は。大変お早うございますね」
勝さんのこの挨拶《あいさつ》には男の答があった。
「うん、あんまり退屈だから今日は早く寝ようと思ってね」
「へえ、もうお稽古《けいこ》はお済みですか」
「お済みって訳でもないが」
次には女の言葉が聴こえた。
「勝さん、そこは塞《ふさ》がってるのね」
「おやそうですか」
「どこか新らしく拵《こしら》えたのはないの」
「ございます。その代り少し熱いかも知れませんよ」
二人を案内したらしい風呂場の戸の開《あ》く音が、向うの方でした。かと思うと、また津田の浴槽《よくそう》の入口ががらりと鳴った。
「今晩は」
四角な顔の小作りな男が、またこう云いながら入って来た。
「旦那《だんな》流しましょう」
彼はすぐ流しへ下り立って、小判なりの桶《おけ》へ湯を汲んだ。津田は否応《いやおう》なしに彼に背中を向けた。
「君が勝さんてえのかい」
「ええ旦那はよく御承知ですね」
「今|聴《き》いたばかりだ」
「なるほど。そう云えば旦那も今見たばかりですね」
「今来たばかりだもの」
勝さんはははあと云って笑い出した。
「東京からおいでですか」
「そうだ」
勝さんは何時《なんじ》の下りだの、上りだのという言葉を遣《つか》って、津田に正確な答えをさせた。それから一人で来たのかとか、なぜ奥さんを伴《つ》れて来なかったのかとか、今の夫婦ものは浜の生糸屋《きいとや》さんだとか、旦那が細君
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