りながら流れる早瀬の上に架《か》け渡した橋の上をそろそろ通った。すると幾点の電灯がすぐ津田の眸《ひとみ》に映ったので、彼はたちまちもう来たなと思った。あるいはその光の一つが、今清子の姿を照らしているのかも知れないとさえ考えた。
「運命の宿火《しゅっか》だ。それを目標《めあて》に辿《たど》りつくよりほかに途《みち》はない」
 詩に乏しい彼は固《もと》よりこんな言葉を口にする事を知らなかった。けれどもこう形容してしかるべき気分はあった。彼は首を手代の方へ延ばした。
「着いたようじゃないか。君の家《うち》はどれだい」
「へえ、もう一丁ほど奥になります」
 ようやく馬車の通れるくらいな温泉《ゆ》の町は狭かった。おまけに不規則な故意《わざ》とらしい曲折を描いて、御者をして再び車台の上に鞭《むち》を鳴らす事を許さなかった。それでも宿へ着くまでに五六分しかかからなかった。山と谷がそれほど広いという意味で、町はそれほど狭かったのである。
 宿は手代の云った通り森閑《しんかん》としていた。夜のためばかりでもなく、家の広いためばかりでもなく、全く客の少ないためとしか受け取れないほどの静かさのうちに、自分の室《へや》へ案内された彼は、好時季に邂逅《めぐりあわ》せてくれたこの偶然に感謝した。性質から云えばむしろ人中《ひとなか》を択《えら》ぶべきはずの彼には都合があった。彼は膳《ぜん》の向うに坐《すわ》っている下女に訊《き》いた。
「昼間もこの通りかい」
「へえ」
「何だかお客はどこにもいないようじゃないか」
 下女は新館とか別館とか本館とかいう名前を挙げて、津田の不審を説明した。
「そんなに広いのか。案内を知らないものは迷児《まいご》にでもなりそうだね」
 彼は清子のいる見当《けんとう》を確かめなければならなかった。けれども手代に露骨な質問がかけられなかった通り、下女にも卒直な尋ね方はできなかった。
「一人で来る人は少ないだろうね、こんな所へ」
「そうでもございません」
「だが男だろう、そりゃ。まさか女一人で逗留《とうりゅう》しているなんてえのはなかろう」
「一人いらっしゃいます、今」
「へえ、病気じゃないか。そんな人は」
「そうかも知れません」
「何という人だい」
 受持が違うので下女は名前を知らなかった。
「若い人かね」
「ええ、若いお美くしい方です」
「そうか、ちょっと見せて貰《もら
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