暮から正月へかけて、それから七八|二月《ふたつき》に渉《わた》って、この線路に集ってくる湯治客《とうじきゃく》の、どんなに雑沓《ざっとう》するかをさも面白そうに例の調子で話して聴《き》かせた後《あと》で、自分の同伴者を顧みた。
「あんな時に女なんか伴《つ》れてくるのは実際罪だよ。尻《しり》が大きいから第一乗り切れねえやね。そうしてすぐ酔うから困らあ。鮨《すし》のように押しつめられてる中で、吐いたり戻したりさ。見っともねえ事ったら」
 彼は自分の傍《そば》に腰をかけている婦人の存在をまるで忘れているらしい口の利き方をした。

        百七十

 軽便の中でも、津田の平和はややともすると年を取ったこの楽天家のために乱されそうになった。これから目的地へ着いた時の様子、その様子しだいで取るべき自分の態度、そんなものが想像に描き出された旅館だの山だの渓流だのの光景のうちに、取りとめもなくちらちら動いている際《さい》などに、老人は急に彼を夢の裡《うち》から叩《たた》き起した。
「まだ仮橋《かりばし》のままでやってるんだから、呑気《のんき》なものさね。御覧なさい、土方があんなに働らいてるから」
 本式の橋が去年の出水《でみず》で押し流されたまままだ出来上らないのを、老人はさも会社の怠慢ででもあるように罵《ののし》った後で、海へ注ぐ河の出口に、新らしく作られた一構《ひとかまえ》の家を指《さ》して、また津田の注意を誘い出そうとした。
「あの家《うち》も去年波で浚《さら》われちまったんでさあ。でもすぐあんなに建てやがったから、軽便より少しゃ感心だ」
「この夏の避暑客を取り逃さないためでしょう」
「ここいらで一夏休むと、だいぶ応《こた》えるからね。やっぱり慾がなくっちゃ、何でも手っ取り早く仕事は片づかないものさね。この軽便だってそうでしょう、あなた、なまじいあの仮橋で用が足りてるもんだから、会社の方で、いつまでも横着《おうちゃく》をきめ込みやがって、掛《か》けかえねえんでさあ」
 津田は老人の人世観に一も二もなく調子を合すべく余儀なくされながら、談話の途切《とぎ》れ目《め》には、眼を眠るように構えて、自分自身に勝手な事を考えた。
 彼の頭の中は纏《まと》まらない断片的な映像《イメジ》のために絶えず往来された。その中には今朝見たお延の顔もあった。停車場《ステーション》まで来てくれた
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