かった。行儀よく椅子《いす》に腰をかけていた給仕の女が、ちょっと首を上げて眼をこっちへ向けたので、小林はすぐそれを材料にした。
「貴婦人《レデー》が驚ろくから少し静かにしてくれ。君のような無頼漢《ぶらいかん》といっしょに酒を飲むと、どうも外聞が悪くていけない」
彼は給使《きゅうじ》の女の方を見て微笑して見せた。女も微笑した。津田一人|怒《おこ》る訳に行かなかった。小林はまたすぐその機に付け込んだ。
「いったいあの顛末《てんまつ》はどうしたのかね。僕は詳しい事を聴《き》かなかったし、君も話さなかった、のじゃない、僕が忘れちまったのか。そりゃどうでも構わないが、ありゃ向うで逃げたのかね、あるいは君の方で逃げたのかね」
「それこそどうでも構わないじゃないか」
「うん僕としては構わないのが当然だ。また実際構っちゃいない。が、君としてはそうは行くまい。君は大構《おおかま》いだろう」
「そりゃ当り前さ」
「だから先刻《さっき》から僕が云うんだ。君には余裕があり過ぎる。その余裕が君をしてあまりに贅沢《ぜいたく》ならしめ過ぎる。その結果はどうかというと、好きなものを手に入れるや否や、すぐその次のものが欲しくなる。好きなものに逃げられた時は、地団太《じだんだ》を踏んで口惜《くや》しがる」
「いつそんな様《ざま》を僕がした」
「したともさ。それから現にしつつあるともさ。それが君の余裕に祟《たた》られている所以《ゆえん》だね。僕の最も痛快に感ずるところだね。貧賤《ひんせん》が富貴《ふうき》に向って復讐《ふくしゅう》をやってる因果応報《いんがおうほう》の理だね」
「そう頭から自分の拵《こしら》えた型《かた》で、他《ひと》を評価する気ならそれまでだ。僕には弁解の必要がないだけだから」
「ちっとも自分で型なんか拵えていやしないよ僕は。これでも実際の君を指摘しているつもりなんだから。分らなけりゃ、事実で教えてやろうか」
教えろとも教えるなとも云わなかった津田は、ついに教えられなければならなかった。
「君は自分の好みでお延《のぶ》さんを貰《もら》ったろう。だけれども今の君はけっしてお延さんに満足しているんじゃなかろう」
「だって世の中に完全なもののない以上、それもやむをえないじゃないか」
「という理由をつけて、もっと上等なのを探し廻る気だろう」
「人聞の悪い事を云うな、失敬な。君は実際自分でい
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