つまった津田はこの時不思議にまた好い云訳《いいわけ》を思いついた。
「そりゃいざとなれば留守番なんかどうでも構わないさ。しかし時一人を置いて行くにしたところで、まだ困る事があるんだ。おれは吉川の奥さんから旅費を貰《もら》うんだからね。他《ひと》の金を貰って夫婦連れで遊んで歩くように思われても、あんまりよくないじゃないか」
「そんなら吉川の奥さんからいただかないでも構わないわ。あの小切手があるから」
「そうすると今月分の払の方が差支えるよ」
「それは秀子さんの置いて行ったのがあるのよ」
 津田はまた行きつまった。そうしてまた危《あやう》い血路《けつろ》を開いた。
「少し小林に貸してやらなくっちゃならないんだぜ」
「あんな人に」
「お前はあんな人にと云うがね、あれでも今度《こんだ》遠い朝鮮へ行くんだからね。可哀想《かわいそう》だよ。それにもう約束してしまったんだから、どうする訳にも行かないんだ」
 お延は固《もと》より満足な顔をするはずがなかった。しかし津田はこれでどうかこうかその場だけを切り抜ける事ができた。

        百五十二

 後は話が存外楽に進行したので、ほどなく第二の妥協が成立した。小林に対する友誼《ゆうぎ》を満足させるため、かつはいったん約束した言責《げんせき》を果すため、津田はお延の貰《もら》って来た小切手の中《うち》から、その幾分を割《さ》いて朝鮮行の贐《はなむけ》として小林に贈る事にした。名義は固より貸すのであったが、相手に返す腹のない以上、それを予算に組み込んで今後の的にする訳には行かないので、結果はつまりやる事になったのである。もちろんそこへ行き着くまでにはお延にも多少の難色があった。小林のような横着《おうちゃく》な男に金銭を恵むのはおろか、ちゃんとした証書を入れさせて、一時の用を足してやる好意すら、彼女の胸のどの隅《すみ》からも出るはずはなかった。のみならず彼女はややともすると、強《し》いてそれを断行しようとする夫の裏側を覗《のぞ》き込むので、津田はそのたびに少なからず冷々《ひやひや》した。
「あんな人に何だってそんな親切を尽しておやりになるんだか、あたしにはまるで解らないわ」
 こういう意味の言葉が二度も三度も彼女によって繰り返された。津田が人情|一点張《いってんばり》でそれを相手にする気色《けしき》を見せないと、彼女はもう一歩先の事
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