きょう》までその意味が解らずに、まだ五里霧中に彷徨《ほうこう》していた。そこへお延の結婚問題が起った。夫人は再び第二の恋愛事件に関係すべく立ち上った。そうして夫と共に、表向《おもてむき》の媒妁人として、綺麗《きれい》な段落をそこへつけた。
 その時の夫人の様子を細《こま》かに観察した津田はなるほどと思った。
「おれに対する賠償《ばいしょう》の心持だな」
 彼はこう考えた。彼は未来の方針を大体の上においてこの心持から割り出そうとした。お延と仲善《なかよ》く暮す事は、夫人に対する義務の一端だと思い込んだ。喧嘩《けんか》さえしなければ、自分の未来に間違はあるまいという鑑定さえ下した。
 こういう心得に万《ばん》遺※[#「竹かんむり/弄」、第3水準1−89−64]《いさん》のあるはずはないと初手《しょて》からきめてかかって吉川夫人に対している津田が、たとい遠廻しにでもお延を非難する相手の匂《にお》いを嗅《か》ぎ出した以上、おやと思うのは当然であった。彼は夫人に気に入るように自分の立場を改める前に、まず確かめる必要があった。
「私がお延を大事にし過ぎるのが悪いとおっしゃるほかに、お延自身に何か欠点でもあるなら、御遠慮なく忠告していただきたいと思います」
「実はそれで上ったのよ、今日は」
 この言葉を聴《き》いた時、津田の胸は夫人の口から何が出て来るかの好奇心に充《み》ちた。夫人は語を継《つ》いだ。
「これは私《あたし》でないと面《めん》と向って誰もあなたに云えない事だと思うから云いますがね。――お秀さんに智慧《ちえ》をつけられて来たと思っては困りますよ。また後でお秀さんに迷惑をかけるようだと、私がすまない事になるんだから、よござんすか。そりゃお秀さんもその事でわざわざ来たには違《ちがい》ないのよ。しかし主意は少し違うんです。お秀さんは重《おも》に京都の方を心配しているの。無論京都はあなたから云えばお父さんだから、けっして疎略にはできますまい。ことに良人《うち》でもああしてお父さんにあなたの世話を頼まれていて見ると、黙って放《ほう》ってもおく訳にも行かないでしょう。けれどもね、つまりそっちは枝で、根は別にあるんだから、私は根から先へ療治した方が遥《はる》かに有効だと思うんです。でないと今度《こんだ》のような行違《いきちがい》がまたきっと出て来ますよ。ただ出て来るだけならよござん
前へ 次へ
全373ページ中255ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
夏目 漱石 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング