かったなら、彼女はお秀の前に頭を下げて、もう救《すくい》を求めていたかも知れなかった。お秀は云った。
「変ね。津田の事なんか、吉川の奥さんがお話しになる訳がないのにね。どうしたんでしょう」
「でも本当よ、秀子さん」
お秀は始めて声を出して笑った。
「そりゃ本当でしょうよ。誰も嘘だと思うものなんかありゃしないわ。だけどどんな事なの、いったい」
「津田の事よ」
「だから兄の何よ」
「そりゃ云えないわ。あなたの方から云って下さらなくっちゃ」
「ずいぶん無理な御注文ね。云えったって、見当《けんとう》がつかないんですもの」
お秀はどこからでもいらっしゃいという落ちつきを見せた。お延の腋《わき》の下から膏汗《あぶらあせ》が流れた。彼女は突然飛びかかった。
「秀子さん、あなたは基督教信者《キリストきょうしんじゃ》じゃありませんか」
お秀は驚ろいた様子を現わした。
「いいえ」
「でなければ、昨日《きのう》のような事をおっしゃる訳がないと思いますわ」
昨日と今日の二人は、まるで地位を易《か》えたような形勢に陥《おちい》った。お秀はどこまでも優者の余裕を示した。
「そう。じゃそれでもいいわ。延子さんはおおかた基督教がお嫌《きら》いなんでしょう」
「いいえ好きなのよ。だからお願いするのよ。だから昨日のような気高《けだか》い心持になって、この小さいお延を憐《あわ》れんでいただきたいのよ。もし昨日のあたしが悪かったら、こうしてあなたの前に手を突いて詫《あや》まるから」
お延は光る宝石入の指輪を穿《は》めた手を、お秀の前に突いて、口で云った通り、実際に頭を下げた。
「秀子さん、どうぞ隠さずに正直にして下さい。そうしてみんな打ち明けて下さい。お延はこの通り正直にしています。この通り後悔しています」
持前の癖を見せて、眉《まゆ》を寄せた時、お延の細い眼から涙が膝《ひざ》の上へ落ちた。
「津田はあたしの夫です。あなたは津田の妹です。あなたに津田が大事なように、津田はあたしにも大事です。ただ津田のためです。津田のために、みんな打ち明けて話して下さい。津田はあたしを愛しています。津田が妹としてあなたを愛しているように、妻としてあたしを愛しているのです。だから津田から愛されているあたしは津田のためにすべてを知らなければならないのです。津田から愛されているあなたもまた、津田のために万《よろ》ずを
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