いくら自分を書物より軽く見るにしたところで、自分は自分なりに、書物と独立したまんまで、活きて働らいて行かなければならなかった。だから勢い本と自分とは離れ離れになるだけであった。それをもっと適切な言葉で云い現わすと、彼女は折々|柄《がら》にもない議論を主張するような弊に陥《おちい》った。しかし自分が議論のために議論をしているのだからつまらないと気がつくまでには、彼女の反省力から見て、まだ大分《だいぶん》の道程《みちのり》があった。意地の方から行くと、あまりに我《が》が強過ぎた。平たく云えば、その我がつまり自分の本体であるのに、その本体に副《そ》ぐわないような理窟《りくつ》を、わざわざ自分の尊敬する書物の中《うち》から引張り出して来て、そこに書いてある言葉の力で、それを守護するのと同じ事に帰着した。自然|弾丸《たま》を込めて打ち出すべき大砲を、九寸五分《くすんごぶ》の代りに、振り廻して見るような滑稽《こっけい》も時々は出て来なければならなかった。
問題ははたして或雑誌から始まった。月の発行にかかるその雑誌に発表された諸家の恋愛観を読んだお秀の質問は、実をいうとお延にとってそれほど興味のあるものでもなかった。しかしまだ眼を通していない事実を自白した時に、彼女の好奇心が突然起った。彼女はこの抽象的《ちゅうしょうてき》な問題を、どこかで自分の思い通り活かしてやろうと決心した。
彼女はややともすると空論に流れやすい相手の弱点をかなりよく呑《の》み込んでいた。際《きわ》どい実際問題にこれから飛び込んで行こうとする彼女に、それほど都合《つごう》の悪い態度はなかった。ただ議論のために議論をされるくらいなら、最初から取り合わない方がよっぽどましだった。それで彼女にはどうしても相手を地面の上に縛《しば》りつけておく必要があった。ところが不幸にしてこの場合の相手は、最初からもう地面の上にいなかった。お秀の口にする愛は、津田の愛でも、堀の愛でも、乃至《ないし》お延、お秀の愛でも何でもなかった。ただ漫然《まんぜん》として空裏《くうり》に飛揚《ひよう》する愛であった。したがってお延の努力は、風船玉のようなお秀の話を、まず下へ引き摺《ず》りおろさなければならなかった。
子供がすでに二人もあって、万事自分より世帯染《しょたいじ》みているお秀が、この意味において、遥《はる》かに自分より着実でない
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