つきあ》った例《ためし》もない男だから、ついこういう機会に、ちょっとでもいいから、会っておきたくなるのさ」
「見世物《みせもの》じゃあるまいし」
「いや単なる好奇心だ。それに僕は閑《ひま》だからね」
津田は呆《あき》れた。彼は小林のようなみすぼらしい男を、友達の内にもっているという証拠を、夫人に見せるのが厭《いや》でならなかった。あんな人と付合っているのかと軽蔑《けいべつ》された日には、自分の未来にまで関係すると考えた。
「君もよほど呑気《のんき》だね。吉川の奥さんが今日ここへ何しに来るんだか、君だって知ってるじゃないか」
「知ってる。――邪魔かね」
津田は最後の引導《いんどう》を渡すよりほかに途《みち》がなくなった。
「邪魔だよ。だから来ないうちに早く帰ってくれ」
小林は別に怒《おこ》った様子もしなかった。
「そうか、じゃ帰ってもいい。帰ってもいいが、その代り用だけは云って行こう、せっかく来たものだから」
面倒になった津田は、とうとう自分の方からその用を云ってしまった。
「金だろう。僕に相当の御用なら承《うけたまわ》ってもいい。しかしここには一文も持っていない。と云って、また外套《がいとう》のように留守《るす》へ取りに行かれちゃ困る」
小林はにやにや笑いながら、じゃどうすればいいんだという問を顔色でかけた。まだ小林に聴《き》く事の残っている津田は、出立前《しゅったつぜん》もう一遍彼に会っておく方が便宜《べんぎ》であった。けれども彼とお延と落ち合う掛念《けねん》のある病院では都合《つごう》が悪かった。津田は送別会という名の下《もと》に、彼らの出会うべき日と時と場所とを指定した後で、ようやくこの厄介者《やっかいもの》を退去させた。
百二十二
津田はすぐ第二の予防策に取りかかった。彼は床の上に置かれた小型の化粧箱を取《と》り除《の》けて、その下から例のレターペーパーを同じラヴェンダー色の封筒を引き抜くや否や、すぐ万年筆を走らせた。今日は少し都合があるから、見舞に来るのを見合せてくれという意味を、簡単に書き下《くだ》した手紙は一分かかるかかからないうちに出来上った。気の急《せ》いた彼には、それを読み直す暇さえ惜かった。彼はすぐ封をしてしまった。そうして中味の不完全なために、お延がどんな疑いを起すかも知れないという事には、少しの顧慮も払わなか
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