るなと、あれだけお延に注意しておいたのに」
 彼は神経の亢奮《こうふん》を紛《まぎ》らす人のように、しきりに短かい口髭《くちひげ》を引張った。しだいしだいに苦《にが》い顔をし始めた。そうしてだんだん言葉少なになった。
 津田のこの態度が意外の影響をお秀に与えた。お秀は兄の弱点が自分のために一皮ずつ赤裸《あかはだか》にされて行くので、しまいに彼は恥《は》じ入って、黙り込むのだとばかり考えたらしく、なお猛烈に進んだ。あたかももう一息《ひといき》で彼を全然自分の前に後悔させる事ができでもするような勢《いきおい》で。
「嫂さんといっしょになる前の兄さんは、もっと正直でした。少なくとももっと淡泊《たんぱく》でした。私は証拠のない事を云うと思われるのが厭だから、有体《ありてい》に事実を申します。だから兄さんも淡泊に私の質問に答えて下さい。兄さんは嫂さんをお貰《もら》いになる前、今度《こんだ》のような嘘《うそ》をお父さんに吐《つ》いた覚《おぼえ》がありますか」
 この時津田は始めて弱った。お秀の云う事は明らかな事実であった。しかしその事実はけっしてお秀の考えているような意味から起ったのではなかった。津田に云わせると、ただ偶然の事実に過ぎなかった。
「それでお前はこの事件の責任者はお延だと云うのかい」
 お秀はそうだと答えたいところをわざと外《そら》した。
「いいえ、嫂さんの事なんか、あたしちっとも云ってやしません。ただ兄さんが変った証拠《しょうこ》にそれだけの事実を主張するんです」
 津田は表向どうしても負けなければならない形勢に陥《おちい》って来た。
「お前がそんなに変ったと主張したければ、変ったでいいじゃないか」
「よかないわ。お父さんやお母さんにすまないわ」
 すぐ「そうかい」と答えた津田は冷淡に「そんならそれでもいいよ」と付け足した。
 お秀はこれでもまだ後悔しないのかという顔つきをした。
「兄さんの変った証拠《しょうこ》はまだあるんです」
 津田は素知《そし》らぬ風をした。お秀は遠慮なくその証拠というのを挙《あ》げた。
「兄さんは小林さんが兄さんの留守へ来て、嫂《ねえ》さんに何か云やしないかって、先刻《さっき》から心配しているじゃありませんか」
「煩《うる》さいな。心配じゃないって先刻説明したじゃないか」
「でも気になる事はたしかなんでしょう」
「どうでも勝手に解釈する
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