が伺うんです。兄さんはいったい嫂さんをどう思っていらっしゃるかって。兄さんは嫂さんを信用していらっしゃるんですか、いらっしゃらないんですか」
 お秀は急に畳みかけて来た。津田にはその意味がよく解らなかった。しかしそこに相手の拍子《ひょうし》を抜く必要があったので、彼は判然《はっきり》した返事を避けて、わざと笑い出さなければならなかった。
「大変な権幕《けんまく》だね。まるで詰問でも受けているようじゃないか」
「ごまかさないで、ちゃんとしたところをおっしゃい」
「云えばどうするというんだい」
「私はあなたの妹です」
「それがどうしたというのかね」
「兄さんは淡泊《たんぱく》でないから駄目よ」
 津田は不思議そうに首を傾けた。
「何だか話が大変むずかしくなって来たようだが、お前少し癇違《かんちがい》をしているんじゃないかい。僕はそんな深い意味で小林の事を云い出したんでも何でもないよ。ただ彼奴《あいつ》は僕の留守にお延に会って何をいうか分らない困った男だというだけなんだよ」
「ただそれだけなの」
「うんそれだけだ」
 お秀は急に的《あて》の外《はず》れたような様子をした。けれども黙ってはいなかった。
「だけど兄さん、もし堀のいない留守《るす》に誰かあたしの所へ来て何か云うとするでしょう。それを堀が知って心配すると思っていらっしって」
「堀さんの事は僕にゃ分らないよ。お前は心配しないと断言する気かも知れないがね」
「ええ断言します」
「結構だよ。――それで?」
「あたしの方もそれだけよ」
 二人は黙らなければならなかった。

        百

 しかし二人はもう因果《いんが》づけられていた。どうしても或物を或所まで、会話の手段で、互の胸から敲《たた》き出さなければ承知ができなかった。ことに津田には目前の必要があった。当座に逼《せま》る金の工面《くめん》、彼は今その財源を自分の前に控えていた。そうして一度取り逃せば、それは永久彼の手に戻って来そうもなかった。勢い彼はその点だけでもお秀に対する弱者の形勢に陥《おちい》っていた。彼は失なわれた話頭を、どんな風にして取り返したものだろうと考えた。
「お秀病院で飯を食って行かないか」
 時間がちょうどこんな愛嬌《あいきょう》をいうに適していた。ことに今朝母と子供を連れて横浜の親類へ行ったという堀の家族は留守なので、彼はこの愛嬌に特
前へ 次へ
全373ページ中182ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
夏目 漱石 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング