や二度の経験ではなかった。「お前は器量望みで貰われたのを、生涯《しょうがい》自慢にする気なんだろう」と云ってやりたい事もしばしばあった。
お秀はやがてきちりと整った眼鼻を揃《そろ》えて兄に向った。
「それで兄さんはどうなすったの」
「どうもしようがないじゃないか」
「お父さんの方へは何にも云っておあげにならなかったの」
津田はしばらく黙っていた。それからさもやむをえないといった風に答えた。
「云ってやったさ」
「そうしたら」
「そうしたら、まだ何とも返事がないんだ。もっとも家《うち》へはもう来ているかも知れないが、何しろお延が来て見なければ、そこも分らない」
「しかしお父さんがどんなお返事をお寄こしになるか、兄さんには見当《けんとう》がついて」
津田は何とも答えなかった。お延の拵《こし》らえてくれた※[#「糸」+褞のつくり」、第3水準1−90−18]袍《どてら》の襟《えり》を手探《てさぐ》りに探って、黒八丈《くろはちじょう》の下から抜き取った小楊枝《こようじ》で、しきりに前歯をほじくり始めた。彼がいつまでも黙っているので、お秀は同じ意味の質問をほかの言葉でかけ直した。
「兄さんはお父さんが快よく送金をして下さると思っていらっしゃるの」
「知らないよ」
津田はぶっきら棒に答えた。そうして腹立たしそうに後をつけ加えた。
「だからお母さんはお前の所へ何と云って来たかって、先刻《さっき》から訊《き》いてるじゃないか」
お秀はわざと眼を反《そ》らして縁側《えんがわ》の方を見た。それは彼の前でああ、ああと嘆息して見せる所作《しょさ》の代りに過ぎなかった。
「だから云わない事じゃないのよ。あたし始からこうなるだろうと思ってたんですもの」
九十五
津田はようやくお秀|宛《あて》で来た手紙の中に、どんな事柄《ことがら》が書いてあるかを聞いた。妹の口から伝えられたその内容によると、父の怒りは彼の予期以上に烈しいものであった。月末の不足を自分で才覚《さいかく》するなら格別、もしそれさえできないというなら、これから先の送金も、見せしめのため、当分見合せるかも知れないというのが父の実際の考えらしかった。して見ると、この間彼の所へそう云って来た垣根の繕《つくろ》いだとか家賃の滞《とどこお》りだとかいうのは嘘《うそ》でなければならなかった。よし嘘でないにしたところ
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