ゃ電話はかけなかったのかい」
「いいえかけたんでございます」
「かけても通じなかったのかい」
 問答を重ねているうちに、お時の病院へ行った意味がようやくお延に呑《の》み込めるようになって来た。――始め通じなかった電話は、しまいに通じるだけは通じても用を弁ずる事ができなかった。看護婦を呼び出して用事を取次いで貰おうとしたが、それすらお時の思うようにはならなかった。書生だか薬局員だかが始終《しじゅう》相手になって、何か云うけれども、それがまたちっとも要領を得なかった。第一言語が不明暸《ふめいりょう》であった。それから判切《はっきり》聞こえるところも辻褄《つじつま》の合わない事だらけだった。要するにその男はお時の用事を津田に取次いでくれなかったらしいので、彼女はとうとう諦《あき》らめて、電話箱を出てしまった。しかし義務を果さないでそのまま宅《うち》へ帰るのが厭《いや》だったので、すぐその足で電車へ乗って病院へ向った。
「いったん帰って、伺ってからにしようかと思いましたけれども、ただ時間が長くかかるぎりでございますし、それにお客さまがこうして待っておいでの事をなまじい存じておるものでございますから」
 お時のいう事はもっともであった。お延は礼を云わなければならなかった。しかしそのために、小林からさんざん厭《いや》な思いをさせられたのだと思うと、気を利《き》かした下女がかえって恨《うら》めしくもあった。
 彼女は立って茶の間へ入った。すぐそこに据《す》えられた銅《あか》の金具の光る重《かさ》ね箪笥《だんす》の一番下の抽斗《ひきだし》を開けた。そうして底の方から問題の外套《がいとう》を取り出して来て、それを小林の前へ置いた。
「これでしょう」
「ええ」と云った小林はすぐ外套を手に取って、品物を改める古着屋のような眼で、それを引《ひ》ッ繰返《くりかえ》した。
「思ったよりだいぶ汚《よご》れていますね」
「あなたにゃそれでたくさんだ」と云いたかったお延は、何にも答えずに外套を見つめた。外套は小林のいう通り少し色が変っていた。襟《えり》を返して日に当らない所を他の部分と比較して見ると、それが著《いち》じるしく目立った。
「どうせただ貰うんだからそう贅沢《ぜいたく》も云えませんかね」
「お気に召さなければ、どうぞ御遠慮なく」
「置いて行けとおっしゃるんですか」
「ええ」
 小林はやッぱ
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