云えって、責めるように催促されちゃ、誰だって困りますよ」
 叔母の態度は、叔父を窘《たしな》めるよりもむしろお延を庇護《かば》う方に傾いていた。しかしそれを嬉《うれ》しがるには、彼女の胸が、あまり自分の感想で、いっぱいになり過ぎていた。
「だけどこりゃ第一が継子さんの問題じゃなくって。継子さんの考え一つできまるだけだとあたし思うわ、あたしなんかが余計な口を出さないだって」
 お延は自分で自分の夫を択《えら》んだ当時の事を憶《おも》い起さない訳に行かなかった。津田を見出《みいだ》した彼女はすぐ彼を愛した。彼を愛した彼女はすぐ彼の許《もと》に嫁《とつ》ぎたい希望を保護者に打ち明けた。そうしてその許諾と共にすぐ彼に嫁いだ。冒頭から結末に至るまで、彼女はいつでも彼女の主人公であった。また責任者であった。自分の料簡《りょうけん》をよそにして、他人の考えなどを頼りたがった覚《おぼえ》はいまだかつてなかった。
「いったい継子さんは何とおっしゃるの」
「何とも云わないよ。あいつはお前よりなお臆病だからね」
「肝心《かんじん》の当人がそれじゃ、仕方がないじゃありませんか」
「うん、ああ臆病じゃ実際仕方がない」
「臆病じゃないのよ、おとなしいのよ」
「どっちにしたって仕方がない、何にも云わないんだから。あるいは何にも云えないのかも知れないね、種がなくって」
 そういう二人が漫然として結びついた時に、夫婦らしい関係が、はたして両者の間に成立し得るものかというのが、お延の胸に横《よこた》わる深い疑問であった。「自分の結婚ですらこうだのに」という論理《ロジック》がすぐ彼女の頭に閃《ひら》めいた。「自分の結婚だって畢竟《ひっきょう》は似たり寄ったりなんだから」という風に、この場合を眺める事のできなかった彼女は、一直線に自分の眼をつけた方ばかり見た。馬鹿らしいよりも恐ろしい気になった。なんという気楽な人だろうとも思った。
「叔父さん」と呼びかけた彼女は、呆《あき》れたように細い眼を強く張って彼を見た。
「駄目だよ。あいつは初めっから何にも云う気がないんだから。元来はそれでお前に立ち合って貰ったような訳なんだ、実を云うとね」
「だってあたしが立ち合えばどうするの」
「とにかく継《つぎ》が是非そうしてくれっておれ達に頼んだんだ。つまりあいつは自分よりお前の方をよっぽど悧巧《りこう》だと思ってるんだ。
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