謝すると共に、そんならなぜあの吉川夫人ともっと親しくなれるように仕向けてくれなかったのかと恨《うら》んだ。二人を近づけるために同じ食卓に坐らせたには坐らせたが、結果はかえって近づけない前より悪くなるかも知れないという特殊な心理を、叔父はまるで承知していないらしかった。お延はいくら行き届いても男はやっぱり男だと批評したくなった。しかしその後《あと》から、吉川夫人と自分との間に横《よこた》わる一種微妙な関係を知らない以上は、誰が出て来ても畢竟《ひっきょう》どうする事もできないのだから仕方がないという、嘆息を交えた寛恕《かんじょ》の念も起って来た。

        六十四

 お延はその問題をそこへ放《ほう》り出《だ》したまま、まだ自分の腑《ふ》に落ちずに残っている要点を片づけようとした。
「なるほどそういう意味|合《あい》だったの。あたし叔父さんに感謝しなくっちゃならないわね。だけどまだほかに何かあるんでしょう」
「あるかも知れないが、たといないにしたところで、単にそれだけでも、ああしてお前を呼ぶ価値《ねうち》は充分あるだろう」
「ええ、有るには有るわ」
 お延はこう答えなければならなかった。しかしそれにしては勧誘の仕方が少し猛烈過ぎると腹の中で思った。叔父は果して最後の一物《いちもつ》を胸に蔵《しま》い込《こ》んでいた。
「実はお前にお婿さんの眼利《めきき》をして貰《もら》おうと思ったのさ。お前はよく人を見抜く力をもってるから相談するんだが、どうだろうあの男は。お継の未来の夫としていいだろうか悪いだろうか」
 叔父の平生から推して、お延はどこまでが真面目《まじめ》な相談なのか、ちょっと判断に迷った。
「まあ大変な御役目を承《うけたま》わったのね。光栄の至りだ事」
 こう云いながら、笑って自分の横にいる叔母を見たが、叔母の様子が案外沈着なので、彼女はすぐ調子を抑《おさ》えた。
「あたしのようなものが眼利《めきき》をするなんて、少し生意気よ。それにただ一時間ぐらいああしていっしょに坐っていただけじゃ、誰だって解りっこないわ。千里眼ででもなくっちゃ」
「いやお前にはちょっと千里眼らしいところがあるよ。だから皆《みん》なが訊《き》きたがるんだよ」
「冷評《ひやか》しちゃ厭《いや》よ」
 お延はわざと叔父を相手にしないふりをした。しかし腹の中では自分に媚《こ》びる一種の快感を
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