斜《はす》に自分の方へ向いて青い茎《くき》が伸びて来た。見る間に長くなってちょうど自分の胸のあたりまで来て留まった。と思うと、すらりと揺《ゆら》ぐ茎《くき》の頂《いただき》に、心持首を傾《かたぶ》けていた細長い一輪の蕾《つぼみ》が、ふっくらと弁《はなびら》を開いた。真白な百合《ゆり》が鼻の先で骨に徹《こた》えるほど匂った。そこへ遥《はるか》の上から、ぽたりと露《つゆ》が落ちたので、花は自分の重みでふらふらと動いた。自分は首を前へ出して冷たい露の滴《したた》る、白い花弁《はなびら》に接吻《せっぷん》した。自分が百合から顔を離す拍子《ひょうし》に思わず、遠い空を見たら、暁《あかつき》の星がたった一つ瞬《またた》いていた。
「百年はもう来ていたんだな」とこの時始めて気がついた。
第二夜
こんな夢を見た。
和尚《おしょう》の室を退《さ》がって、廊下《ろうか》伝《づた》いに自分の部屋へ帰ると行灯《あんどう》がぼんやり点《とも》っている。片膝《かたひざ》を座蒲団《ざぶとん》の上に突いて、灯心を掻《か》き立てたとき、花のような丁子《ちょうじ》がぱたりと朱塗の台に落ちた。同時に部屋が
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