かけて、往来《おうらい》の女の顔を眺めている。そうしてしきりに感心している。そのほかにはこれと云うほどの特色もない。
 あまり女が通らない時は、往来を見ないで水菓子を見ている。水菓子にはいろいろある。水蜜桃《すいみつとう》や、林檎《りんご》や、枇杷《びわ》や、バナナを綺麗《きれい》に籠《かご》に盛って、すぐ見舞物《みやげもの》に持って行けるように二列に並べてある。庄太郎はこの籠を見ては綺麗《きれい》だと云っている。商売をするなら水菓子屋に限ると云っている。そのくせ自分はパナマの帽子を被ってぶらぶら遊んでいる。
 この色がいいと云って、夏蜜柑《なつみかん》などを品評する事もある。けれども、かつて銭《ぜに》を出して水菓子を買った事がない。ただでは無論食わない。色ばかり賞《ほ》めている。
 ある夕方一人の女が、不意に店先に立った。身分のある人と見えて立派な服装をしている。その着物の色がひどく庄太郎の気に入った。その上庄太郎は大変女の顔に感心してしまった。そこで大事なパナマの帽子を脱《と》って丁寧《ていねい》に挨拶《あいさつ》をしたら、女は籠詰《かごづめ》の一番大きいのを指《さ》して、これを下
前へ 次へ
全41ページ中37ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
夏目 漱石 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング