すようなものだからけっして間違うはずはない」と云った。
 自分はこの時始めて彫刻とはそんなものかと思い出した。はたしてそうなら誰にでもできる事だと思い出した。それで急に自分も仁王が彫《ほ》ってみたくなったから見物をやめてさっそく家《うち》へ帰った。
 道具箱から鑿《のみ》と金槌《かなづち》を持ち出して、裏へ出て見ると、せんだっての暴風《あらし》で倒れた樫《かし》を、薪《まき》にするつもりで、木挽《こびき》に挽《ひ》かせた手頃な奴《やつ》が、たくさん積んであった。
 自分は一番大きいのを選んで、勢いよく彫《ほ》り始めて見たが、不幸にして、仁王は見当らなかった。その次のにも運悪く掘り当てる事ができなかった。三番目のにも仁王はいなかった。自分は積んである薪を片《かた》っ端《ぱし》から彫って見たが、どれもこれも仁王を蔵《かく》しているのはなかった。ついに明治の木にはとうてい仁王は埋《うま》っていないものだと悟った。それで運慶が今日《きょう》まで生きている理由もほぼ解った。

     第七夜

 何でも大きな船に乗っている。
 この船が毎日毎夜すこしの絶間《たえま》なく黒い煙《けぶり》を吐いて
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