処だったね」
「うん、そうだ」と思わず答えてしまった。
「文化五年|辰年《たつどし》だろう」
 なるほど文化五年辰年らしく思われた。
「御前がおれを殺したのは今からちょうど百年前だね」
 自分はこの言葉を聞くや否や、今から百年前文化五年の辰年のこんな闇の晩に、この杉の根で、一人の盲目を殺したと云う自覚が、忽然《こつぜん》として頭の中に起った。おれは人殺《ひとごろし》であったんだなと始めて気がついた途端《とたん》に、背中の子が急に石地蔵のように重くなった。

     第四夜

 広い土間の真中に涼み台のようなものを据《す》えて、その周囲《まわり》に小さい床几《しょうぎ》が並べてある。台は黒光りに光っている。片隅《かたすみ》には四角な膳《ぜん》を前に置いて爺《じい》さんが一人で酒を飲んでいる。肴《さかな》は煮しめらしい。
 爺さんは酒の加減でなかなか赤くなっている。その上顔中つやつやして皺《しわ》と云うほどのものはどこにも見当らない。ただ白い髯《ひげ》をありたけ生《は》やしているから年寄《としより》と云う事だけはわかる。自分は子供ながら、この爺さんの年はいくつなんだろうと思った。ところへ裏の筧《かけひ》から手桶《ておけ》に水を汲《く》んで来た神《かみ》さんが、前垂《まえだれ》で手を拭《ふ》きながら、
「御爺さんはいくつかね」と聞いた。爺さんは頬張《ほおば》った|煮〆《にしめ》を呑《の》み込んで、
「いくつか忘れたよ」と澄ましていた。神さんは拭いた手を、細い帯の間に挟《はさ》んで横から爺さんの顔を見て立っていた。爺さんは茶碗《ちゃわん》のような大きなもので酒をぐいと飲んで、そうして、ふうと長い息を白い髯の間から吹き出した。すると神さんが、
「御爺さんの家《うち》はどこかね」と聞いた。爺さんは長い息を途中で切って、
「臍《へそ》の奥だよ」と云った。神さんは手を細い帯の間に突込《つっこ》んだまま、
「どこへ行くかね」とまた聞いた。すると爺さんが、また茶碗のような大きなもので熱い酒をぐいと飲んで前のような息をふうと吹いて、
「あっちへ行くよ」と云った。
「真直《まっすぐ》かい」と神さんが聞いた時、ふうと吹いた息が、障子《しょうじ》を通り越して柳の下を抜けて、河原《かわら》の方へ真直《まっすぐ》に行った。
 爺さんが表へ出た。自分も後《あと》から出た。爺さんの腰に小さい瓢箪《ひ
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