ばかりで、ややともすると前の附焼《つけやき》と紛《まぎ》れやすかった。しかもこの紛れやすい油揚はだいぶ仕込んで有ったと見えて、まだ喰い切らない先に御代りが出て来た。
 かくのごとく鶉が豊富であったため、つい食べ過ぎた。余の胃の中に這入った骨だけの分量でもずいぶんある。大連へ帰って胃の痛みが増したとき、あまり鶉の骨を喰ったせいじゃなかろうかと橋本に相談したら、橋本は全くそうだろうと答えた。食事が終ってから応接間へ帰って来ると、佐藤が突然、時に君は何かやるそうじゃないかと聞いた。是公《ぜこう》に東京で逢《あ》ったとき、是公はにやにや笑いながら、いったい貴様は新聞社員だって、何か書いてるのかと聞いた。こう云う質問になると、是公も友熊も同程度のものである。
 何かやるなら一つ書いて行くが好いと云って、妙な短冊を出した。それを傍《そば》へ置いて話をしていると、一つ書こうじゃないかと催促する。今考えているところだと弁解すると、ああそうかと云って、また話をする。しまいに墨を磨って、とうとう手《て》を分《わか》つ古《ふる》き都《みやこ》や鶉《うずら》鳴《な》くと書いた。佐藤の事だから何を書いたって解るまいと思ったが、佐藤は短冊を取上げて、何だ年《とし》を分つ古き都やと読んでいた。
 鶉《うずら》の腹《はら》を抱《かか》えたなり、ホテルへ帰って勘定《かんじょう》を済まして、停車場《ステーション》へ駆《かけ》つけると、プラットフォームに大きな網籠《あみかご》があった。その中に鶉の生きたのがいっぱい這入《はい》って雛鳥《ひよっこ》を詰めたようにむくむく動いている。発車の時間に少し間があったので、田中君は籠の傍《そば》へ行って所有主と談判を始めた。余が近寄ったときは、一羽が三銭だとか四銭だとか云っていた。ところへ駅員が来て、宜《よろ》しゅうございます、この汽車へ積込んで御届け申しますと受合った。三人はとうとう鶉と別れて汽車へ乗った。

        三十一

 いよいよ腹が痛んだ。ゼムを噛《か》んだり、宝丹《ほうたん》を呑んだり、通じ薬をやったり、内地から持って来た散薬を用いたりする。毎日飯を食って呑気《のんき》に出歩いているようなものの、内心ではこりゃたまらないと思うくらいであった。大連の病院を見に行ったとき、苦《くる》し紛《まぎ》れに、案内をしてくれた院長の河西君《かさいくん》に向っ
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