、東側に六尺の袋戸棚《ふくろとだな》があつて、其傍《そのわき》が芭蕉布《ばせうふ》の襖《ふすま》ですぐ隣へ徃來《ゆきかよひ》が出來るやうになつてゐる。此一枚の仕切をがらりと開けさへすれば、隣室で何を爲《し》てゐるかは容易《たやす》く分るけれども、他人に對して夫程《それほど》の無禮を敢てする程大事な音でないのは無論である。折から暑さに向ふ時節であつたから縁側は常に明け放した儘であつた。縁側は固《もと》より棟一杯細長く續いてゐる。けれども患者が縁端《えんばた》へ出て互を見透《みとほ》す不都合を避けるため、わざと二部屋毎に開き戸を設けて御互の關とした。夫《それ》は板の上へ細い棧《さん》を十文字に渡した洒落《しやれ》たもので、小使が毎朝拭掃除をするときには、下から鍵を持つて來て、一々此戸を開けて行くのが例になつてゐた。自分は立つて敷居の上に立つた。かの音は此|妻戸《つまど》の後《うしろ》から出る樣である。戸の下は二寸程|空《す》いてゐたが其處には何も見えなかつた。
此音は其後《そのご》もよく繰返された。ある時は五六分續いて自分の聽神經を刺激する事もあつたし、又ある時は其半《そのなかば》にも至
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