動かそうと云う方法を講じますから、その刺激を与える点は取《と》りも直《なお》さず道義的であると同時に芸術的に違ない。(文学と云うものが感情性のものであって、吾人の感情を挑撥《ちょうはつ》喚起するのがその根本義とすれば)かく浪漫派は内容の上から云って芸術的であるけれども、その内容の取扱方に至るとあるいは非芸術的かも知れません。という意味はどうもその書き方によくない目的があるらしい。こういう事件をこう写してこう感動させてやろうとかこう鼓舞してやろうとか、述作そのものに興味があるよりも、あらかじめ胸に一物《いちもつ》があって、それを土台に人を乗せようとしたがる。どうもややともするとそこに厭味《いやみ》が出て来る。私が今晩こうやって演説をするにしても、私の一字一句に私と云うものがつきまつわっておってどうかして笑わせてやろう、どうかして泣かせてやろうと擽《くすぐ》ったり辛子《からし》を甞《な》めさせるような故意の痕跡が見え透《す》いたら定めし御聴き辛《づら》いことで、ために芸術品として見たる私の講演は大いに価値を損ずるごとく、いかに内容が良くても、言い方、取扱い方、書き方が、読者を釣ってやろうと
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