自然の間に違ってこなければならない訳になります。世の中は恐ろしいもので、だんだんと道徳が崩《くず》れてくるとそれを評価する眼が違ってきます。昔はお辞儀の仕方が気に入らぬと刀の束《つか》へ手をかけた事もありましたろうが、今ではたとい親密な間柄《あいだがら》でも手数のかかるような挨拶《あいさつ》はやらないようであります。それで自他共に不愉快を感ぜずにすむところが私のいわゆる評価率の変化という意味になります。御辞儀などはほんの一例ですが、すべて倫理的意義を含む個人の行為が幾分か従前よりは自由になったため、窮屈の度が取れたため、すなわち昔のように強《し》いて行い、無理にもなすという瘠我慢《やせがまん》も圧迫も微弱になったため、一言にして云えば徳義上の評価がいつとなく推移したため、自分の弱点と認めるようなことを恐れもなく人に話すのみか、その弱点を行為の上に露出して我も怪しまず、人も咎《とが》めぬと云う世の中になったのであります。私は明治維新のちょうど前の年に生れた人間でありますから、今日この聴衆諸君の中《うち》に御見えになる若い方とは違って、どっちかというと中途半端の教育を受けた海陸両棲動物のよ
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